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名古屋地方裁判所 昭和55年(ワ)2082号 判決

原告

松尾政則

被告

株式会社

名古屋相互銀行

右代表者

朽木義一

被告

朽木義一

右被告両名訴訟代理人

水口敞

田川耕作

亀井とも子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一本件株主総会における第一号議案の決議は無効との主張について

一本件株主総会招集通知に添付された第六一期末貸借対照表にはその作成者の署名又は記名捺印が存しないことについては当事者間に争いがない。

右作成者の署名又は記名捺印がないことの適否につき検討するに、貸借対照表は法令により取締役が作成すると定められているから右招集通知に添付された右表にそれが存しないとしても、特別の事情がない限りは法令に従い、取締役がそれを作成したであろうと推知されること、しかも右表は前記招集通知と一体をなしているから、右表も招集通知の作成名義人である被告銀行の取締役社長朽木義一が作成したものと理解できること(但し、監査報告書謄本のようにそれとは異なる作成名義人が表記されている場合は別である。)並びに右表を右招集通知に添付させている法の趣旨からすると、原本に存する作成者の署名(又は記名捺印)部分をもそのまま写し出さなければならないというものではなく、本件株主総会に提出されるべき貸借対照表とそれが内容において同一であれば、株主において右決議の判断に資することができるから、それで足りるといえること、以上を考慮すると、右招集通知に添付された貸借対照表には作成者の署名(又は記名捺印)が存しないとしても、それを以て、株主総会で審議の対象となる適法な貸借対照表の添付がないということはできないと解すべきである。

二同じく前記招集通知に添付された会計監査人の監査報告書謄本についても、監査法人関与社員の署名と捺印(印影があるもの)は写し出されていず、その記名(印刷活字)とのみが記載されているものであることは当事者間に争いがない。

一般に謄本とは原本と同一の文字、符号を用いて原本の内容を完全に転写した書面をいうとされているところ、〈証拠〉によれば、右報告書謄本と原本との相違箇所は原本では作成名義部分の監査法人の関与社員の自署が謄本では記名(印刷活字)となつている点及び原本ではその名下に印影が顕出されているが、謄本では単にと記載されている点のみで、その報告内容自体については異にする箇所が存しないことが認められる。そうすると、右監査報告書謄本の作成方法や様式について直接、規定している法令はないから、右箇所における右相違が前記招集通知に右報告書謄本の添付を義務づけている法の趣旨からして、許されないものであるか否かを考えてみるに、右添付を要することにしたのは、予め株主に同報告書の内容を周知、検討させて、右決議の判断に資するためであるから、原本と作成者及び内容において同一である以上、右添付した目的を充分に果すものというべく、従つて、右部分の相違は法により右招集通知に添付を義務づけられている監査報告書謄本として許容される範囲内にあるというべきである。

第二前記総会における第四号議案の決議は無効との主張について

被告銀行の定款には取締役及び監査役の退職慰労金に関する定めがないこと及び本件株主総会において、退任監査役村田又二郎に対し、被告銀行の贈呈内規による相当額の範囲内で退職慰労金を贈呈することとし、その具体的金額、贈呈の時期、方法等は取締役会に一任する旨の決議がなされた事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、被告銀行においては役員の退職慰労金について従前より慣行として支給基準が確立されていたが、それを昭和四〇年に「役員退職慰労金等贈呈内規」として成文化し、それ以降、右成文化された内規が存するものであること、右内規はその後二度程改訂されたが、いずれもその支給金額の基準、時期、方法等を具体的に定めており、被告銀行の本店に備え置いて株主の閲覧に供し、或いは株主の要求により株主総会においてもその内容を具体的に説明している等、株主に対し右内規の存在と内容を公開しているものであることが各認められる。

右事実によれば、本件株主総会で前記内容の決議をなしたことが商法二六九条、二八〇条を逸脱したとはいえず、違法ではない。

第三備え置くべき議事録について

〈証拠〉によれば、被告銀行の株主総会議事録原本には同総会の議長と各出席取締役が、取締役会議事録原本には各出席取締役及び監査役がそれぞれ署名に代えて各記名(印刷活字)捺印(印影が写し出されている)している事実が認められるが、右は商法二四四条二項又は二六〇条の四、二項に反する様式ではなく「商法中署名スヘキ場合ニ関スル法律」によれば記名捺印を以て署名に代えることができるものである。そして、当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、それらの議事録の原本にはその名下に印影が写し出されているが、被告銀行の各支店に備え置かれている右各議事録には単にその部分がとされて、同箇所に相違があること、しかしながら、同箇所以外は原本と同一であり、その末尾には被告銀行代表取締役の「原本と相違ない」旨の認証文言及びその記名捺印がなされているものであることが認められる。然るに、支店に備え置かれるべきそれら議事録がいずれも原本であることを要するか否かは右備え置きを義務づけた商法二六三条一項の立法趣旨によつて判断されるべきところ、同条文は株主に対し取締役の責任追及やその行為の事前差止の資料に供するため、取締役にそれら議事録を本店及び支店に備え置くべき義務を課しているのであるから、備え置かれるべき右各議事録が原本である必要は必ずしもなく、その作成名義人が明らかであり、その内容が原本と同一であれば、その目的は全うされると思料される。

そうすると、被告朽木義一(同被告が右備え置き義務を負うものであることは当事者間に争いがない。)は、既に商法二六三条一項の義務を履行しているというべく、右各議事録に代えてそれらの各原本の備え置きを求める原告の主張は理由がない。

第四結論

以上よりすれば、原告の本訴請求はいずれも失当というべきであるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (原昌子)

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